徒然草

徒然草

徒然草 味噌汁と甘い香水

 

お味噌汁と、甘い香水。

私が高校生だった頃から住み着いている、大失恋の香りだ。

 

彼に振られた次の日の朝、私は駅のホームにいた。目的地に向かう電車をホームの向かい側にある蕎麦屋を見つめながら待っていた。

(予備校に行かなくては。)そう思って足は歩んでいたものの、心は昨日に置き去りだ。ただ黄色い線の内側に整列していた。

 

「好きの気持ちが無くなった。ごめん。」

昨晩、かぼちゃの馬車のような遊具に二人は乗り込み、白い息を吐きながら静かに、シンシンと話をした。この瞬間、フラれた。

私は部活で彼はバイトで夜遅くまで。すれ違いで会える時間もなく、別れる前兆はあった。会う予定が会えなくなるたび、何度、毒々と響く自分の心音を閉じ込めただろう。

 

「好きの気持ちが無くなった。ごめん。」そう言われたときも私は我慢した。「そんなに気にしないで」と。

冬の夜、すーっと吸う息が冷たい。そうだ、ここは公園で、ここはかぼちゃの馬車のような遊具の中で、別れ話をされていて。

もっと大きく息を吸った。どこからか流れて来たお味噌汁の香りをお腹いっぱい吸い込んだ。周りを見渡すと灯りのついた一軒家が並んでいる。

 

「そろそろ行こっか。」そう言って立ち上がった彼から、ふわっと甘い、いつも通りの香水の匂いがした。香水とそこらじゅうに漂うお味噌汁の香りに、私は吐きそうになりながら、堪えて立ち上がった。

 

今、私は駅のホームにいる。向かい側の駅ホームにある蕎麦屋をぼんやりと眺めている。電車が徐々にスピードを落として入ってくる。

(あ。)と思ったのと私が振り向いたタイミングは寸分も違わないだろう。電車につられて、他人になった彼の香水の匂いが流れてきた。

振り向いてもサラリーマンしかいなかった。なだれ込むように電車に乗り込んだ。満員電車の中、サラリーマンの胸にうずくまるような体制になった。

 

(あぁ、吐きそうだ。)

味噌汁と甘い香水は、ずっと私の心に住み着いている。

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